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血のつながりについて考える
以前放送された映画、福山雅治主演の 「そして父になる」
要約すると、6歳まで自分の子と信じて育ててきた子どもが、実は出産時に産婦人科で取り違えにあっていて血が繋がっていなかったと知る。子ども同士を交換するのかそのまま育てるのか———
そんな内容なのですが、この映画では福山の父親の
「結局は血なんだよ」 なんて台詞もありました。
が、最後に出した答えは違うようでした。
まぁこの話の設定でいけば、まだ6歳と可愛い盛りの時に取り違えが発覚していますから、「交換」なんて簡単には絶対出来ないですし、
子どももまたおとなしくて良い子なんですよね。
これがもっと思春期で反抗的だったり
手のかかる子だった場合はどうなんでしょうね。
血のつながりは重要なのか
不妊治療をしながら先の見えない不安に襲われていた頃、時折り養子縁組について考える事がありました。
別に自分で産まなくったって 血のつながりなんてなくたって
子どもを育てる事はできるんじゃないか
幸せな家庭をつくる事はできるんじゃないか
根拠のない自信を持って養子縁組について調べていた時期があったのですが、現実は厳しいようでした。
私の知り合いに養子縁組をした人がいますが
「悪い事をした時に受け入れられない」
「意見が食い違った時に血が繋がっていないからだと思ってしまう」
そう話していました。
*こすずめのぼうけん【作・ルース・エインズワース 絵・堀内誠一】
この絵本はその象徴のようにも思えました。
こすずめは休憩しようと違う種類の鳥のところへいくのですが
鳴き声が違うからと、誰からも受け入れてもらえないのです。
で、結局最後に迎えにきたのは実の母親。
母親の絶対的愛情の深さを知る事のできる絵本ですが、同じ鳥の仲間なのに少し休む程度であっても受け入れない姿勢から、世間の冷たさを感じずにはいられません。
・・・とまぁこの感想は完全な大人目線からくるものであって、実際読み聞かせた子ども達の反応は
「すずめさんよかったねー」 に留まり、安堵感に包まれている様子でした。
実際私も自分の子を持った以上、他の子達を同様に育てられるかといえば、それは無理な話です。
私は自分に自信を持っているタイプでもなく、むしろコンプレックスの塊なのですが、やはりそれらを引き継いでしまった子ども達は愛おしいのです。
そんな自分の子でさえイライラする事は日常茶飯事ですから、血の繋がっていない子とは相いれない事が多々起こるのでしょう。
不幸な子が一人でも減って欲しい
そう願うのもおこがましい程自分は何もしていないけえwど
もう少し養子縁組の実情が広まって、理解を深めた上での成立が増えるといいなと思っています。
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