夫婦で教育方針が違う

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勉強を先取りさせたい私、させたくない夫

勉強に苦労した私はとにかく子供に同じ思いをさせたくなくて、長男も長女も小学校にあがる以前から学習塾に通わせています。先取りしておけば落ちこぼれる事はないだろうという考えからです。
一方主人はこの転ばぬ先の杖的なやり方に真っ向から反対しています。勉強は学校で学べばいい、分からなくなって落ちこぼれていると思ったらそこで初めて、塾にいくなり勉強をみてやるなりすればいいじゃないか、と。

(でもそれじゃあ遅いんだよね~)というのが私の正直な意見です。
勉強というのは一度分からなくなればどんどん置いていかれます。ついていけない、もう嫌だ、と思った頃にはやる気をなくしていてもう手遅れなのではないか、と。
だからそうなるまえに勉強の癖付けをさせておいたり、早く塾を始めれば始めるほど一つの単元に対して与えられる時間が増えるため、その分ハンデが与えられますから、勉強についていけなくなるという危険も少なくはなるのでは?と思ってしまうのです。


受験させたい私とさせたくない夫

私は中学から受験をさせたいタイプ。一方夫は大学まで受験する必要はないという考えです。

そもそもなぜ私立の小学校、中学校、高校が存在するのかって、それだけ高いお金を出してまで通わせたいと思う人がいるからですよね。それは公立では受ける事のできない質の高い授業であったり、集まってくる人のタイプであったり、大学までエスカレーター式であるところなら一度きりの受験にかける事なく、付属大学への切符を手にできる事であったりすると思います。

教育ママになりたくはありませんが、将来の選択肢の幅は少しでも拡げてあげたいという思いがあります。
大学の名前で落とされる、学歴差別を受ける、という事のないように。
なくてもいいかもしれないけど、あって損をする事はない。それが学歴だと思っています。それを大学受験の一回切りに全てをかけて決められるなんて、あまりに殺生な気がするのです。

しかしこれもまた夫からすると、学歴より身に付けなければいけない事がある、どんな環境に置かれても生きていく力だ、と言います。
勉強ができないならできないなりにその子は自分の生き方を見出していく。どんな仕事に就いてもいい。ただ就いたからにはやり遂げる根性というのを持って欲しい、と。私のやり方じゃ自立心が育たないそうです。
夫からすれば「勉強についていけなくなった」という事が起こったなら、それはその子にとって一つの必要な経験であったわけで親が先回りして排除すべき事じゃない、親としてできるのはその時一緒に解決策を考えていくだけの話 なんだそう。

でも生きいく力って言われてもすごく曖昧じゃないですか?学歴なら大学名や学部名とかである程度どんな勉強がどの程度できてって目に見えて分かりやすいですし、勉強すればするほど能力は高くなります。
でも生きていく力って・・・。どうやって身に付けさせるの?

夫はそもそも習い事に対しての概念が私とは全く違っていて、能力を伸ばすためや先取りさせるためだけではなく、学校では出会う事のない、いろんな人と知り合えるコミニュケーションの場として意義があるのだ、と言います。

そんな事のためなら地域のボランティアに参加とかでいいんじゃないか、と私は思うのですが・・・。


一番大事なのは夫婦で教育方針を合わせる事

ただこの教育論争、勃発する度に私は負けてばかりです。

でも内心負けるが勝ち、とも思っています。
教育方針って実際はどっちが正しいも正しくないもないと思うんですよ。結果論なので。
夫の言う通りにしておけばいざそれが失敗した時に「ほらね、私が言った通りだった」とダメだしする側にまわれます。

他人事ではないのでダメだししてる場合じゃないんですけどね。でも一番良くないのは夫婦で違う教育方針で子供に接するって事だと思うんですよ。子供は混乱し、どっちも意見も中途半端になるでしょう。そうなる位なら私が合わせておけばいいかなって。


そもそも私は自分がそんなに好きではないし、子供が夫と私のどちらに似てほしいかといえば、いつでもポジティブな夫の方かな、と思うので。
でももうちょっと子供達には人に対して温かい気持ちを持つ人に育って欲しい気もしますけどね。
夫は正論をかざすだけかざして私をこてんぱんにやっつけにきますので・・・。

ま、それは絵本で解決できるかな。学習塾は辞めても絵本はとことん読んであげよう。

以上、ぼやき記事でした~

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